日本最大の淡水魚 イトウ撮影体験記3 〜遡上〜
こんにちは、さやかです。
前回は越冬から目覚めた稚魚についてご紹介しました。
今回は、お待ちかね?、遡上してくるイトウについて書こうと思います。美しい朱色の婚姻色も見どころではありますが、知れば知るほど面白い、奥深いイトウの魅力にハマっていくはずです。
私の撮影は、イトウ保護に力を入れる南富良野町の許可および専門家の指導・同行の下、「イトウ」という淡水魚の撮影を進めています。
繁殖期のイトウにストレスを与えてしまうと産卵行動自体に悪影響が出る可能性があります。
ストレスで不安を感じたメスが産卵に適した場所を吟味することなく、素早く産卵を終えることを優先させてしまったら?本当は一番いいと思った場所で産卵することを諦めてしまったら?産むこと自体を諦めてしまったら?生まれてくる卵や卵の生育状態にも影響してしまうかもしれません。
そういった影響を最小限に抑えられるよう留意しながら撮影させていただきました。
体験記らしさもかなり濃厚になっていると思いますので、最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。
2度目の南富良野へ、イトウ撮影初日
南富良野に行くのはこれで2度目です。
季節は春、5月。時刻は朝5時半。4月頃とは打って変わって太陽も高く、札幌から東に位置する南富良野へ、眩しい朝日の中出発することになりました。
イトウの撮影としてはやはりこの時期が大本命です。狙うはオスメスペアのイトウ、願わくは放精放卵のシーンを拝みたいものです。
朝ごはん用にと作ったおにぎりを食べつつ(節約第一!)、ほんの少しのコーヒーとアタリメを齧りながら南富良野に向かいました。この組み合わせがルーティンになりつつありますね。一度山の中に入ったら、いつお手洗いに行けるかわからないので、利尿作用のあるコーヒーはごく少量に抑えておきます。
南富良野に向かう道中さまざまな川を見ることができるのですが、クリーム色の濁流が流れているところも多くありました。
撮影地は全く別の川ですし、かなり上流なのでいらぬ心配だったのですが、「北海道の川ってこんなだったっけ…?」「撮影場所は大丈夫?」など不安を抱えながら、現地に到着しました。
河川の水質と経済活動
今回見た川の濁りが雪解け水による影響だったのか、排水によるものかは定かではありません。
実は、畑に過剰に肥料を撒いたり、家畜の排水や排泄物が適切に処理できない場合、水質汚濁の要因になるそうです。
私達人間の食糧を確保する上で、農業や畜産、林業はとても大切なことですし、ここ北海道は農畜産大国です。「適切な管理」ができていたとしても周囲の環境に与える影響は少なくないのかもしれません。
イトウに限らず、産卵床と呼ばれるものには適度な隙間があり新鮮な水が通る構造になっています。この隙間に砂や泥が詰まってしまうと、卵の中の赤ちゃん達に酸素や栄養が行き渡らず卵の生育に悪影響がでてしまいます。
南富良野ではイトウの産卵〜孵化の期間中は林業を一時中断しているらしく、スポット的にでも環境への負荷を軽減することで保全に繋がる可能性があるとの考えだそうです。
人々の生活と自然への影響のバランスを上手く保つためにも興味深い施策だと思うので、今後どうなっていくのか楽しみに思います。
研究の見学
南富良野に到着後はまず学芸員Oさんの研究活動を見学させていただくことになりました。
産卵が終わって川を降ってきたメスの調査をするために「ヤナ」が仕掛けてあり、まずはそこでメスを素早く捕獲していました。
産卵できるイトウのメスというと、60cm以上の大きさです、体重はおよそ3kgほど。ときには90cm、7kgなんてのもいます。捕獲する瞬間はイトウも全力で抵抗しますから、その姿だけでもド迫力です。
データ収集が終わった個体は体の向きや川の流れを考えながら丁寧に川の中に戻されていました。しっかり川を下って行くまで見届けます。
GoProで撮影しているので色味が分かりにくいのですが、メスはほんのり紫っぽいピンク色でした。あまり目立たないので、慣れるまではメス単独を探し出すのは難易度が高そうです。
写真を見てわかるように、産卵後の個体にも関わらず大きな傷がないどころか、めちゃくちゃ美しいですよね。
一般的なサケ科の遡上というと、全身ボロボロになっているイメージですが、それとはかなり違います。これも多回産卵することと関係があるそうです。
順調に生育できれば2年に1回産卵するのに、毎回ズタボロになるわけにはいきませんよね。皮膚?皮?がもの凄く丈夫なんだそうです。
とにかく歩いて歩いて歩きまくる
データ収集が終了したら、「踏査」に随行してイトウを捜索します。
※踏査とは、読んで字のごとく、実際に現地を歩いて調査をします。
下の写真は川の本流(奥)と支流(手前)が合流するところです。
普段海に潜っている私としてはこれだけ荒れ狂う本流の様子は恐怖ですが、イトウはここを遡上してきます。
本流で産卵する個体や支流に入って産卵する個体など、様々とのことですが、本流は到底太刀打ちできそうにありませんので、私たちは支流を捜索します。
撮影候補地として挙がっていたいくつかの支流の中から、遡上がピークを迎えそうな場所を選定していただき、川に沿って歩きながらイトウを捜索しました。
1ヶ月前と比べて笹は元気に成長し、鬱蒼とした藪の中を歩くことになりました。時には自分の背丈ほどもある笹を掻き分け、跨ぎながら進むことも。倒木を乗り越えたり、くぐり抜けたり。
踏み台にしようと思って踏み込んだ倒木が、実は朽ちていて踏み抜いてすっ転んでしまったり、草木の蔓に引っかかったりもします。
普通に歩くのとはわけが違います。
笹の茎に絡まないように、足を大きく引き抜くように上げ、大股で笹を押し倒すように着地させます。正しい歩き方なのかわかりませんが、これが一番歩きやすいように思いました。
平地で歩くような足の運びだと、笹や木の枝に足を取られて、まるで靴紐を踏んづけてしまったときのような転び方をします。
先を行くOさんは軽々滑り降りたり飛んだりしていましたが、私はそう言うわけにはいきません。
カメラとハウジング、ストロボの撮影機材だけで10キロ近くあります。さらにシュノーケル、グローブ、フード、ストロボなどの持ち物に加えて、昨年はダイビングで使っているドライスーツ(ネオプレン)を着用して歩いていました。
この装備では屈んで前進するだけでもかなりの負荷がかかります。特にネオプレンのスーツだったのがよくありませんでした。厚みのある生地のせいで足が上がらないんです!前途多難、そんな言葉がよぎりました。
(今年はシェルドライにしたので凄く快適でした、水の中では寒いけど…)
私が歩くのもやっとの傍ら、Oさんは産卵床の数を数えていました。「いつ」「どこで」「いくつ」など、さくさく見つけては記録されていました。ですので、道中は丁寧な解説付きでの捜索でした。贅沢!
とはいえ、2個の産卵床が隣同士にあります、と言われても、それだけは何度見てもわかりませんでした。そもそも1個あるっていうのも教えてもらわないとわからないくらいなのに!(今は少しだけわかるようになってきました)
遡上しているイトウを探す
数kmに渡り捜索するも、なかなか見つかりません。2022年5月、この時は春にも関わらず初夏のようなカンカン照りでした。
ただでさえ温暖化の影響で季節の進みが早くなっているのに、特にこの年はたった1日で川の水量が大きく変化してしまうこともありました。
そのため、雪解けによる増水状況と遡上のタイミングが予測しにくくなっていました。
専門家同行の下で捜索範囲がかなり絞られていると言っても、河川2kmの範囲にイトウのメスが1本いるかどうかです。オスはメスを追って河川に入ってくるためメスがいなければ2,3本のオスが待機している程度です。まして、それらの産卵に立ち会えるかどうか、というのは本当に貴重なことだと身につまされました。
一般的にサケの遡上と聞くと群れて上がってくる様子を想像しますが、イトウは絶対数が少ないのはもちろんですが、彼らに「群れる」という習性はないのだそうです。ぽつりぽつりといる彼らを地道に探すしかありません。
炎天下の中、ドライスーツを着たままひたすら歩きつづけました。昼も過ぎた頃には、ドライスーツの中にコップで水を入れたのかというほど、自分の汗でずぶ濡れでした。一歩踏み出すたびに汗没したドライスーツの気持ち悪さと暑さにげんなりしながら、このまま今日が終わるのだろうかと、絶望的な気持ちに支配されつつありました。
そのとき、「いますね」と冷静に声をかけられました。
偏光サングラスをかけていたものの、ギラギラと差し込む太陽が川面に反射して私にはどこにいるのは見つけられませんでした。
ですが、水深わずか20センチほどの場所でパシャッという音とともに朱色の巨大魚を見つけた瞬間、数秒前まで感じていた「絶望」はどこへやら。
イトウのオスの婚姻色は赤色なので目立って探しやすいだろうと思っていましたが、慣れるまでは意外とわからないものです。川底の石に赤みが強いものがあったり、個体差で色が薄い場合などは保護色になってしまい、見失いかけることも多々あります。
特に南富良野のイトウは赤というよりも橙色に近く、水中で揺れる枯葉と見間違うこともしばしば。
今回見つけたオスはどこかを目指して川を登っているように見えたので、その先にメスがいる可能性が高い、ということで追跡しました。(メスのフェロモンのようなものを察知して追っているのだとか)30分〜1時間後、どうやらメスに巡り合ったようでした。
私にとっては初めてのことで、正直、彼らが何をしているのか、メスがどこにいるのか、ほとんど見えていなかったのですが、カメラの準備をして教えてもらう方向に向かって川に入ってみました。
岸からみて想像していたよりも透明度は悪く、戸惑いつつ、イトウがいるであろう方角にゆっくり進みました。
ファインダー内にうっすら魚の輪郭が見えるか見えないかの瞬間、バシャッという音と強烈な水圧と同時に高速で遠ざかる影が目の端に写りました。
透明度が良くない分、イトウの方も私に気がつくのが遅れたのだと思いますが、気づいた瞬間にあれだけのスピードで逃げるとは…警戒心がかなり強いのだろうと感じました。
別のペアを探すことにしましたが、その日はこれ以外のイトウを見つけることは叶いませんでした。
イトウは産卵行動中は警戒心が強い?
正直、私はイトウを探し出すことがこれほどまでに大変なことだと思っていませんでした。
初日に3つの支流(計6km程)を歩き回って見られたのは1ペアです。
1ペアでも見れているだけ運がいい方ですよ。
というのだから、私はとんでもない生き物に手を出してしまったんじゃないかとゾッとしました。その上警戒心も強いとなると「なにも撮れずに帰る」という最悪の事態が一瞬頭をよぎりました。
研究者のOさん曰く、イトウは多回産卵することが他のサケ科と異なる部分でそれが警戒心を強くさせるのでは、とのことでした。
他の多くのサケは産卵後に死んでしまうので捨て身で産卵することもできますが、イトウは産んだ後も川を下って「かなやま湖」に戻り、次回の産卵までにまた栄養をつけなければなりません。必然的に自分の身を守ることにも神経を尖らせる必要があるのだと思います。
川の王様ともいえるイトウは水中では敵なしです。ですが、ここ北海道にはワシなどの大型の猛禽類もいるので、上空からの攻撃にはかなり警戒しているように思います。
そのため身を隠せる場所にいる際は比較的警戒心が薄くなりますが、産卵時は川の中央付近で、無防備な状態になりますし、婚姻色が出ることで視認性も高くなり、猛禽類からも狙われやすくなるのかもしれません。
イトウ撮影2日目
2日目。
引き続きイトウの捜索です。
この日も炎天下の中歩き回り、午前中に1ペア見つけました。ちょうど産卵床を掘っているところでした。これ幸い!と思ったのですが、水際に近づくだけで掘っていた場所からイトウがすーっとどこかへ行ってしまい、かなり警戒心が強い様子でした。
彼らの姿が見えるか見えないかくらいの距離を保ち、陸上から観察することになりました。日陰もない場所でチリチリと日に焼けながら、かなり遠目に産卵を見届けるだけに終わったのは正直かなり悔しかったです。
ですが、よくよく考えると私たちにとって「日陰がない」ということは、イトウ達にとっても「隠れる場所がない」=「上空から捕食される危険性が非常に高い」ということなので警戒心も高まって当然だったのだろう、と今では理解できます。
その後、別の支流に移動したところ下流域に90cmはあろう大物のイトウのオスがいました。色も橙よりも赤味が強く、胴体もかなり太い!遠目からでもすぐにわかるほどの圧倒的な存在感です。個人的には光っているようにすら感じました。
あれだけの大物がほぼ下流にいるということは、上流にメスはいないだろうとのことでしたが、ド派手なオスを撮影しない理由なんてありません。
イトウは体長70cmほどまではスラリとした長ヒョロイ体型なのですが、80cmを超えると横幅のボリュームがかなり出ます。90cmともなると尚更です。婚姻色もグッと濃くなります。
イトウから3,4メートルほど離れたところから、姿勢を低くしてほふく前進で川に入りました。どこまで近づけるのかわからなかったので、「1枚撮影しては一歩前進」を繰り返しながら慎重に。もちろん、近くにある産卵床を避けながら。
進むたびに巻き上がる泥や砂が落ちつくまで待ちながら、ゆっくりゆっくり近づいたのですが、途中でイトウが私の横を抜けて移動してしまいました。ただ、その行動に必死さは感じられなかったので、同じ場所に戻ってくるだろうと経験的に感じました。
水の中に入ると、川底のわずかな起伏も把握できるので、大型のイトウでも泳げる水深と彼のお気に入りの隠れ家をつなぐルートを想像し、そのルートから少し逸れるように、道を開けるように私はただじっと待っていました。
案の定、5分も経たずに元の位置に戻ってきくれました。それから僅か1メートルの距離を5分ほどかけてにじり寄りました。
それが体験記1でも掲載したイトウの写真です。
正面に回ると、あれ…思ったより間の抜けた…ナマズっぽさがあるような…愛嬌のある顔ですよね。額が広い、というんでしょうか。
唇部分は凹凸の少ない滑らかさがどことなく古代魚を連想させます。
撮影2日目にしてわずかではあるものの写真を撮ることができました。が、目指すはイトウのペア!できれば放精放卵!
残すはあと2日間。
PADI Divemaster #832577 ダイビング✖️写真✖️旅 = 世界の海・自然と人と人と社会を繋ぐ 言語・距離・文化の壁、全部越えて、 もっと自由に、もっと楽しく、 興奮と感動と癒しの海への扉となることを目指します。