日本最大の淡水魚 イトウ撮影体験記2 〜雪解けと稚魚の目覚め〜
目次
こんにちは、さやかです。
昨年2022年の春からおよそ7ヶ月間、複数回に渡って「イトウ」という淡水魚の撮影をしていました。
※本撮影は北海道南富良野町の許可および専門家の指導の下、進めています。
イトウ撮影体験記の本シリーズは読んだ方が私の経験そのものを追体験していくような連載型の記事にしたいと考えています。
私自身がこの撮影を通して実際に見たコト、聞いたコト、思ったコトなどをベースに自分なりに解釈したことを含め、自然界の美しさや精密さ、厳しさ、環境保全の難しさなど情報発信して行きたいと考えています。
今回は撮影場所の下見と越冬明けのイトウ稚魚の撮影にまつわるお話です。
過去の記事はこちらから👇
イトウ稚魚1年目の生活
まず初めにこれからの話をイメージしやすいようにイトウの1年について説明します。
イトウ、1年目(0歳)の生活
5月頃:産卵
6月頃:卵は30~40日ほどで孵化
7月頃:流れの緩やかな川の隅などを泳ぐ
8~10月:雨による増水などで少しずつ下流に移動
11月頃:小さな水路で越冬
翌年4月:越冬から目覚め元気に動き出します
一般的にサケの多くは秋に産卵するので、イトウが春に産卵するという事実だけでもとても興味深いですよね。
イトウ撮影の開幕
私にとってイトウ撮影の最初のシーズンは雪解けの4月でした。
5月の産卵時期から通ってもよかったのですが、4月に訪れた目的は2つあります。
1. 5月の産卵期の撮影地下見
2. 越冬明けの稚魚の撮影
まずは下見です。川での撮影経験が豊富というほどでもない上に、北海道に住んでいた20年の間に山に入る習慣が私にはありませんでした。(結構インドア派なんです)
そのため、撮影環境をできるだけ具体的にイメージして、必要になりそうな機材や荷物をリストアップする必要があると思いました。
また、撮影できるシーンがあるのなら出来るだけ早めに着手したくて、その時一番最初に撮影できるのが稚魚だった、ということです。
ちなみに越冬直前と直後のイトウは形態的に変化はほぼないようなので、姿形だけであれば11月頃に撮影すれば撮れ高十分では、とも思いましたが、自然はいつでも条件よく私たちを受け入れてくれるわけではありません。
後でも撮れそうだから今じゃなくて良い、なんて言っても未来のことは誰も保証できません。
できるときにすぐにやるの精神で撮影しました。結果的にも正解だったと思います。この撮影経験があったからイトウの稚魚の顔つきを多少なりとも記憶できたことで6, 7月の稚魚捜索に役立ったと思います。
さらに、春の透明感のある太陽の光と秋のこっくりとした光では写真の色味が違いますし、春には落ち葉がかなり流されて?朽ちて?減っているのか、秋の川底とは景色がかなり違うように感じました。
(春と秋とでは違う場所で撮影をしていたので正確に比べられるわけではないのですが…)
いざ、初めての南富良野町へ
実は南富良野町を訪れるのは私の記憶ではこれが初めてでした。
と、いうか、実は南富良野という地名自体大人になってから知りました…すみません、社会科苦手なもので…
南富良野までは実家のある札幌から車で3時間ほど(もちろん下道です!)。
札幌から峠道に入る前に買った眠気覚ましのコーヒーを啜り、アタリメをかじり、白樺の木や残雪を横目に見ながら山の中を1時間近く走ると、富良野の農家さんが見え始めました。
そこからさらに1時間ほど行くと、かなやま湖へ行く道の案内板が出てくるため、南富良野町が近くなってきたのだと実感します。
※南富良野のイトウは地理的に海に降ることはできないため、かなやま湖を海での生活に見立てて生息しています。
しばらくすると「道の駅みなみふらの」が突然現れ、南富良野町に到着したことに気づかされました。
集合場所に到着するとすぐに学芸員Oさんと合流することができ、初対面の挨拶もそこそこに、1日目はまず午前中に稚魚の捜索と撮影をして、午後は5月の撮影候補地の下見することに。
初めてのイトウ捜索
稚魚の居場所に心当たりのあるというOさんの後を付いて行きます。数十センチはあるであろう積雪が残る道なき雪道を歩きました。雪の下には笹が隠れており、春にはもっと背が高くなるんだとか。
距離だけならわずかではあるものの、雪に足を取られ、時には膝上まで埋もれながら進んだ先には小川と呼ぶにはあまりにもささやかすぎる小さな水路に辿り着きました。
雪の消音効果と私の経験不足も相まって、実際に水路を目にする瞬間まで気づかなかったほどです。
川幅60〜80cmほど深さ40cmほどで、「人1人がギリギリ入れるかな?…」
今であれば、イトウ稚魚の撮影としては余裕のある条件でラッキーだと思えるのですが、この時の私にとっては初めてのことで「こんなに狭いのか…」と内心思っていました。
しかも初めて見る小さな生物(8~10cmほど)を川の上から探すのは至難の業。
緩やかな流れの水路は空の景色を映してゆらゆら歪み、見ているだけならとても綺麗ですが、保護色になっている小さな魚を探すにはあまりにも厄介です。
川での撮影はオオサンショウウオやサケで経験していたものの、川幅は10倍ほどありましたし、大きさ50cm以上もあったわけですから、当たり前ではありますが、これはえらい違いだと愕然としていました。
そのとき、Oさんから「あの辺にいるような…」と声をかけられ、目を凝らして見るも…まったくわからない!
これは手強い。
水の中に入って見た方がわかりやすいだろうということで、指差す辺りを目安に川に入ってみました。
当たり前ですが強烈に冷たい水でした。雪解け水ですから水温は1~2℃。どんな装備が撮影に適しているのか迷いながらの撮影だったため、分厚いフルフェイスフードを車の中に置いてきたことを激しく後悔しました。
イトウの稚魚はというと、私が川の中に入ったことで驚いて隠れてしまったのか、私の目が悪かったのか…見つけることができず、とにもかくにも不甲斐なさと不安が募る中、次は下見場所に移動しました。
産卵撮影候補地の下見
下記のような要因を加味してさて、撮影候補を4箇所選定いただきました。
・遡上時期の違い
・遡上数
・調査による情報収集の程度
・産卵場所の予測のしやすさ
・歩きやすさ
川は山から流れるいくつもの源流が合流して、下流域に行くほど大きな川になります。私たちが撮影に行くのは源流と大きな本流の間にある支流です。
候補地の支流は源流となる山がそれぞれ異なるとのことでした。
山が違う、ということは標高や地形などにより雪解けの時期もわずかに異なります。実はその雪解け時期はとても大事な情報なんだそうです。
支流のように、浅くて小さな川でも雪解けにより増水することで、巨大なイトウも遡上しやすくなるからです。
これに加えて、川の深さ、流れの速さ、川底の砂利質、川縁を茂る植物を含めた地形、産卵床を数えたデータなどを元に捜索時期と場所を絞り込んでいただきました。
ちなみに「産卵床のデータ」というのは、産卵期間中Oさんがほぼ毎日山の中に入って歩きながらチェックしているそうです。いつ、どこで、何回分の産卵があったか…途方もない作業に頭が下がります。
下見場所である川沿いや川の中をザブザブ歩きながら、倒木を乗り越えたり、時にはくぐり抜けたりします。中腰でくぐり抜けるのは腰痛持ちの私にはとても辛かった…。(筋トレしなきゃ…)
産卵期の撮影では10kgを超える撮影機材を抱え、ドライスーツでこの道?川?を歩くことを想像すると、体力面でかなりの不安を覚えましたが、そこはもうなんとかなる、というかなんとかなるギリギリまで頑張るしかない、と開き直るしかありません。
大変なことも多いですが、自然の中で五感が研ぎ澄まされていくような感覚って結構好きです。ひんやり澄んだ空気、雪と笹の葉や木の混ざった匂い、水の流れる音、乾いた葉が擦れるカサカサ音、時折聞こえる動物の鳴き声(大抵はエゾシカ)などの端々から北海道らしさを感じました。
イトウの産卵に適した場所
しばらく歩いていると、突然声をかけられました。
「ここ、産卵床だった場所ですよ」
言われた場所をよくよく見るも…ちょっと…わからない…
サケマスの産卵床というとマウンド上に盛り上がってるイメージですが、普段水中で直に見ているのとは違って水面より上からではとってもわかりにくい。
そんな私に丁寧に解説してくれました。
「この辺りから川底が盛り上がって、ここが頂点で、この辺りまでなだらかに斜めになっています」
「産卵期以降はこういった部分を絶対に踏まないように」
との注意も受けますが、「ココ」と教えてもらえればなんとなくわかる程度なので不安が募ります。
実際、撮影で単独行動することはないので、そんなに心配することではないものの、撮るからにはしっかり理解したいので、なんとなくでしかわからないのが少し悔しい…
それからイトウの産卵に適した地形についても教えてもらいます。(以下)
イトウが好む産卵ポイント
玉砂利や大きめの石、目の粗い砂が多く、
川の流れは緩やかで、
水深は30~40cm程度(雪解け前時点では水深10~20cmのことも)、
川のやや中央寄り(でもど真ん中じゃない)
川の中央付近で産卵する理由は、川の水位が下がった場合でも水面から卵が出ないようにするためだそうです。ですが、天下のイトウさんにも目測違いがあるようで、稀に水面から出てしまう産卵床もあるのだとか…
この「産卵に適した地形」というのをバッティング練習のように何度も「ここはそうですか?」「この辺も良さそうですね」などと確認しながら頭にイメージを叩き込んでいきます。
だんだんイトウが産卵したそうな場所、というものがわかってきました。
最終的には「私がイトウだったらここに産みたい!」と謎の発言を繰り出せるまでに成長したので、産卵床を自分で見つけるのは難しそうだけど、とにかく「それっぽい場所」では警戒して、川の端や陸を歩けばいいのだと希望の一筋を見出しました。
↑産卵床のある場所?
人間にとっても歩きやすい地形なので知らないと産卵床を踏んでしまいそう…
↑産卵には適さない場所
イトウの稚魚、再捜索
下見は想定よりも早めに終了したので、空いた時間で稚魚の捜索を再会できることになりました。
イトウの稚魚が越冬しやすくなるように、人の手で作った場所があるそうで、そこを中心に捜索することにしました。
到着したのは大きな本流でしたが、案内されたのは川の端にある水溜まりのような場所でした(川とは繋がっている)。
水深わずか10cmほど。カメラハウジングのレンズ部分を水の中に入れることすら難しいほどの浅さ。その上水底は泥っぽいので、動くと味噌汁のような透明度にダウンします。
そんな場所を抜き足差し足で、そぉぉぉぉぉっと歩きます。
まるで沼地の鳥が餌を探して、そぉっと水辺を歩くように…
水面を揺らさないように、できるだけ水を濁らせないように、いるかもしれない稚魚を驚かせないように。
1匹2匹、稚魚を見かけ、初めて見られたことに感動するのも束の間、こちらが近づく前に俊敏に逃げてしまいました。
とてもじゃないけど撮れるような状態ではありませんでした。どうやら越冬明けの稚魚はお腹が空いているのか、眠りから醒めて元気なのか、かなり俊敏です。
この日は稚魚の存在を確認するだけに留まり、日も傾いてきたため解散することになりました。
越冬明けのイトウ稚魚をついに激写
この時期の稚魚は日の低い時間帯は隠れていることが多いけれど、太陽が高く気温が上がる時間帯には捕食のために川の中央付近に出てくる可能性が高いとのことだったので、2日目は稚魚撮影を優先にスケジュールを組みました。
天気運にも恵まれ、この日は晴天でした。
前日目星をつけていた場所で、日が高くなるにつれて稚魚も増えてきました。
薄い氷が崩れた瞬間、10匹以上の稚魚が一斉に逃げ惑う姿を見つけて、この場所なら撮れる、と確信しました。
泥を巻き上げないようにカメラを水底よりわずかに浮かせた状態でのカメラワークは腕と腰にキます。カメラは陸上ではとても重いものの、海の中であれば浮力を得てとっても軽くなります。しかし、水深10cmの川では浮力も得られず常に「重いまま」です。
こういった撮影状況に慣れていなかったため、体の使い方がわからず悪戦苦闘しつつも、なんとか撮れたのがこちらの一枚です。(カバー写真にもなっています)
とっても綺麗で精悍な顔つき!
『魚鬼』 と書いてイトウと読ませるだけのことはあります。子どもの頃からすでに鋭さがありますね。体色も水の上から見ている限りでは茶色に見えていたのですが、実物は薄い緑色と黄色が混ざったような色合いで、鱗もピカピカと輝くような美魚でした。
イトウを守ることは湖、川、森全体を守ること
南富良野町ではイトウ保護条例の策定や林業関係にも呼びかけるなど活発に保護活動が行われてきました。かつての生息数にはまだ届かないものの、この数年、南富良野町のイトウの個体数は回復し始めているそうです。
今回、越冬明けの稚魚が撮影できたのは町民の皆さんが稚魚が隠れられるようにと作り上げた川岸の一角でした。
正直、この場所に最初に訪れたとき、川素人の私の目線では「こんな水溜まりみたいなところに稚魚がいるの?知らなかったら埋め立てられてもおかしくないよね?」と思ったほどでした。
ですが、事実として、その場所にはかなりの個体数が潜んでいました。稚魚にとっても居心地の良い場所だったのだろうと推測できます。
実は、南富良野町では「稚魚の越冬場所」を複数箇所創ったそうですが、悪天候や季節の移り変わりなどで今はこの1箇所しか残っていないとのことでした。自然の前での人の無力さを痛感されられてしまいますが、それでも、ここに隠れていた稚魚達の成長のひとときを助けたことは間違いないはずです。
大自然という大きな領域において、一見小さなことのようにも思えることでも、それをきっかけに再生できるのは自然の逞しいところです。
来年、再来年、5年、10年後の南富良野町とイトウがどのように関わり、どんな景色を見せてくれるのか今からとても楽しみです。
PADI Divemaster #832577 ダイビング✖️写真✖️旅 = 世界の海・自然と人と人と社会を繋ぐ 言語・距離・文化の壁、全部越えて、 もっと自由に、もっと楽しく、 興奮と感動と癒しの海への扉となることを目指します。