日本最大の淡水魚 イトウ撮影体験記1 〜イトウを撮ること〜
目次
こんにちは、さやかです。
昨年2022年の春からおよそ7ヶ月間、複数回に渡って「イトウ」という淡水魚を撮影していました。
※本撮影は北海道南富良野町の許可および専門家の指導の下進めています。
北海道の大自然の美しさはもちろんのこと、イトウという生き物の美しさ、繊細さ、逞しさ、自然の厳しさ、彼らを保護しようと取り組む町民の皆様の努力など、知ってほしいことがたくさんありすぎて、何から書いていくべきかとても迷いました。
何度も書き直していたので、なかなか公開に至りませんでしたが、以下のような目的で情報発信したいと考えています。
本記事の意図すること
私が撮影を通して実際に見て感じたことをリアルにリポートしながら、イトウという生き物を今より少しだけ身近に感じ、理解を深めてもらいつつ、自然との関わり方についても考えてもらえるようにすること。
私は撮影の際、極力自分自身が自然の中に入り、生き物の住む環境を感じ、目線を近づけ、体感的にも理解することを心がけています。
ですので、イトウ撮影体験記のシリーズは読んだ皆様が私の経験そのものを追体験していくような連載型の記事にすることが一番情報を伝えやすいのではないかと考えています。
まずは最初の記事として、この希少な生物を撮影しようと思ったきっかけから、実際の撮影に至るまでのことを心の葛藤も含めてお伝えしようと思います。
イトウとは
本題に入る前にイトウについて少し…いえ…結構、説明します。
イトウ
サケ科の魚で、日本国内では北海道にのみ生息する日本最大の淡水魚
川の生態系の頂点に君臨する王様みたいな魚
寿命は15~20年と長寿
記録上、2.15メートルの個体が捕獲されたことがある
大きさもさることながら獰猛な性格であるため釣りでも良い戦いができる、
として釣り師憧れの魚(リリースするのがマナー)
イトウは絶滅危惧種
実はイトウの親戚にあたる魚(近縁種)は世界中に生息していますが、日本に生息するイトウはParahucho perryi(パラフーチョ ペリー)の1種のみです。
このParahucho perryiは
日本の環境省のレッドリスト:絶滅危惧IB類
国際自然保護連合(IUCN):CRITICALLY ENDANGERED(CR)
に分類されています。
ちなみにIUNCの絶滅危惧種の分類は3段階あり、CRは最も絶滅の確率が高いカテゴリーです。CRよりも危機的な状況は野生絶滅になり、人工飼育されている個体が生き残っているというレベルです。
もう少し現実的な言い方をすると、
特定の地域の特定の場所だけに生息し、その場所を数日間一生懸命探してやっと姿を見られるかもしれない
くらいの感覚です。
イトウの仲間であるHucho Taimenはまだ比較的個体数は多いと聞きますが、それでも絶滅危惧種の一番下(Vulnerable, VU)に分類されています。イトウと名のつく魚は全体として絶滅の危機に晒されています。
イトウ(Parahucho perryi)は海にも行ける
他のサケ科のように回遊するわけではないようですが、海に降りる個体もいますし、淡水域のみで生息するケースもあります。
しかしベニザケ(降海型)とヒメマス(残留型)のように形態自体が大きく変化してしまうわけではないようです。
イトウ(Parahucho perryi)は多回繁殖
サケ科の多くは生涯に1度だけ産卵して死んでしまうことが知られていますが、イトウは複数回繁殖活動できます。長命・晩熟であることとも関係していそうです。
なぜイトウは絶滅危惧種なのか
イトウは大きくて長生きで、強くて、生活行動範囲も広いので、生命力が強そうなイメージもあるかもしれませんが、実際は絶滅の危機に晒され続けています。
それには彼らの好む環境と成長過程、人為的な要因があると考えられます。それらについて一部解説します。
イトウが好む地形
普段は沼のような非常に緩やかな流れを好みます。
理由は彼らが巨大魚であるがゆえに急流で生活することが難しいからだと考えられます。
河川は昔よりもかなり直線化し、流れの速い川が増えています。これは人によって土地が開発されたり、自然的な変化によるものも含まれます。
このため単純に生息に適したエリアが減少することで個体数も減少しやすい状況にあります。
イトウは成長が遅い
イトウの成長速度は非常に遅く、
メスが産卵できるようになるまでにおよそ7年かかるそうです。
また、多回産卵できると言っても毎年産むわけではありません。
南富良野町のイトウでは、栄養状態にも左右されますが、2年に1回程度の頻度だそうです。イトウの寿命は15~20年程と言われていますが、7歳から15歳の間に順調に繁殖活動ができたとしても生涯で4回前後ということになります。
そのため、保全活動の効果を検証するのに、最低7年間ほどかかると考えられます。
近年の異常気象や気候変動を考慮しても、7年以上も適切な生育環境を維持・調査し続けることは容易ではありません。
イトウは生活行動範囲が広い
イトウは生涯に渡って川の上流から河口付近のすべての環境を利用し続けます。
支流とも呼べないほどの小さな水溜りほどの水路も彼らにとって大事な生活圏です。
また、成長過程で餌となる獲物も様々に変わっていきます。最初は小虫、少し大きくなったら小魚も食べ、大型の成魚はネズミなども食べてしまうそうです。
つまりイトウが健やかに成長・繁殖し続けるためには、川だけではなく、それらを取り巻く森全体の生態系の多様性を維持することも重要なことです。
かつて密猟被害、今は撮影者
南富良野町では10年以上前までは繁殖期に赤く色づくイトウの密猟被害が絶えない時期もあったそうです。特に大きな個体が狙われたそうです。鑑賞用や剥製にするのか定かではありませんが、大きければ大きいほど、婚姻色も濃く鮮やかだからではないだろうかと思います。
密猟者への警備を強化したことで今ではほとんどその被害はないそうです。代わりに、イトウを含めた動物や風景を撮影しようと森に入る人によって、産卵活動が妨害されたり、産卵床を踏み荒らしてしまうことによる被害の方が多いそうです。
イトウに対する認識
「イトウ」という名称は北海道民ならきっと誰もが聞いたことがあると思いますし、そうでなくても知っているという人は多いでしょう。最近だとスマホの釣りゲームでも知られつつあるみたいですね。
ですが、野生のイトウを見たことがある、という人はほとんどいないはずです。
私も子どもの頃にテレビ番組でイトウが特集されたのが唯一印象に残っているくらいです。
生息場所を特定されないように、カメラマンの足元しか映らない映像で、水中映像もなく、陸上から撮影した不鮮明なイトウの映像だったような気がします。
それ以来、私の中では「イトウ=幻」「実物を見ることは不可能のもの」というイメージを持っていました。
イトウを知ることで守ることに繋げる
自然の保全や再生には次の2つのパターンがあると私は思っています。
① 人から離れることで再生できる自然
② 人の協力があって守られる自然
①のパターンはチェルノブイリ原発事故地域が当てはまりそうです。
事故後ほぼ完全に人の出入りがなくなったことで、人と比べて放射線の影響を受けにくい(人より寿命の短い)生物達が伸び伸びと育ち、自然環境自体は回復に向かっているという話もあります。
一方で、イトウは②のパターンだと私は思っています。
日本は自然と人の暮らしが非常に近く、完全に人の出入りを遮断できる土地はほとんどありません。知らないことでうっかり悪影響を与えてしまうことの方が多いはずです。
まずは知ることで、守る行動に繋がると思います。
撮影のきっかけと葛藤
イトウ撮影の最初のきっかけとしては、サケ撮影していた際に協力してくださった方が過去に南富良野町に住んでいたことがある、というところから発展しました。
イトウも婚姻色で赤くなるとか、あまり知られていなけど地元住民にとっては割と身近な生き物であることなど、お話を聞く機会がありました。
南富良野町は私の実家のある札幌からさほど遠くないこともあり、「幻」と思っていた生き物を少し身近に感じるきっかけになりました。
ここ数年でオオサンショウウオなどの淡水域の生物の撮影にも取り組んでいたこともあって、海、川、森の繋がりにも関心があったこともきっかけの一つです。
しかし、南富良野町ではイトウ保護管理条例が制定されていることからも、撮影準備から作品公開全体に責任が伴うこと、多かれ少なかれそこに他人を巻き込むことになると考え、それだけの覚悟があるのかしばらく葛藤がありました。
それ以上に一番の心配は、
私が撮影することで、イトウの生息場所が特定されたり、もしくは特定しようとする人が正しい知識を持たずに訪れるかもしれないことです。
そのせいでイトウの生息環境が破壊される可能性ももちろん心配ですが、なにより、地域を挙げて保護に取り組んでいる方々にとって、気持ちのいいことではないはずです。
普段ダイビングショップを通してダイビングしていると忘れがちな視点ですが…
素晴らしいダイブサイトがあれば人に勧め、
訪れるダイバーが増えると、
その地域やショップさんが繁盛する。
ダイバーはこういった感覚を持っている方が多いかもしれません。
それが成立するのはショップやプロの水中ガイドがゲストさんに注意を促し、多くのダイバーはそのルールの範囲内で海を楽しんでくれているからであって、イトウや南富良野町に関しては(今のところ)そうではありません。
では、イトウを保護するために撮影を諦め、これからもイトウは秘匿された生物のままにしておけばいいとも思えませんでした。
イトウが身近な生物として認識されにくいために、彼らや彼らの棲む環境に関心が向きにくくなっている側面もあるはずです。
そんなわけで、
冒頭でもお伝えしたように、私個人としては、これまでのようなレジャーとしてのスキューバダイビングに関する情報発信だけではなく、「イトウ」という生き物を通して自然との関わり方についても発信したいと考えています。
海の撮影と比べてかなり難しく、体力的にも厳しいところも多くありましたが、その実体験も含めてお伝えしたいと考えています。
次回から現場での撮影状況も含めてリポートしていきます。
お楽しみに!
謝辞
撮影開始から本記事公開までにかなりの時間を要してしまいましたが、このように情報発信できることを大変誇りに思います。
撮影や各方面交渉等にご協力いただいた関係者方々、南富良野町でイトウ保護に尽力する皆様および各事業者の皆様のおかげで今回イトウを撮影することができました。感謝申し上げます。
いつの日か誰もが野生のイトウを見られるほどに個体数が回復することを心より応援しております。
PADI Divemaster #832577 ダイビング✖️写真✖️旅 = 世界の海・自然と人と人と社会を繋ぐ 言語・距離・文化の壁、全部越えて、 もっと自由に、もっと楽しく、 興奮と感動と癒しの海への扉となることを目指します。